東京地方裁判所 平成4年(特わ)314号 判決 1992年9月11日
主文
被告人は、無罪。
理由
一 本件公訴事実及び本件の争点
本件公訴事実は、
「被告人は、法定の除外事由がないのに、
第一 平成四年一月中旬ころから同年二月八日までの間に、栃木県、千葉県、東京都またはその周辺において、覚せい剤フェニルメチルアミノプロパン若干量を自己の身体に摂取し、もつて、覚せい剤を使用し、
第二 同年二月七日、東京都葛飾区新宿四丁目二二番一九号警視庁亀有警察署において、覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンの結晶一〇・六六六グラムを所持した。」
というのである。
被告人及び弁護人は、事実をいずれも否認し、かつ捜査段階における自白調書もない事案であるところ、弁護人は、本件所持品検査により発見、押収された覚せい剤結晶等の証拠物につき、いずれも職務質問の際の所持品検査の限度を超えて違法に押収されたもので、証拠とすることが許されないものであり、被告人の尿についてもこれらの違法手続きの延長線上で強制採取されたもので同じく証拠とすることが許されないものであると主張している。すなわち、検問の現場及びその後任意同行された先の亀有警察署における証拠物の発見過程が本件の争点である。
二 争点に関する供述要旨
1警察官らの証言要旨
証人として取り調べた警察官ら(A、B、C、D、E)の供述は、おおむね一致した内容のものであつて、これらを総合すると、その供述内容はほぼ以下のとおりである。
亀有警察署勤務のA、C警察官ら三名は、葛飾区東堀切一丁目二四番付近で自動車検問に従事中、午前零時丁度ころ、被告人車が一時停止違反をした事実を現認したので、停止を求めて運転免許証の提示を求めたところ、有効期限が経過していた。そこで車検証の提示を求めたところ、車検証のある場所がわからない旨述べた。警察官は直ちに運転免許関係の確認及び前科照会をし、その結果覚せい剤取締法違反の前科があることが判明した。被告人に覚せい剤関係について尋ねると、現在は関係がないと答えたので、被告人にはこの点の嫌疑はないものと考えたが、車両が盗難車であるかも知れないとの疑いを持つたので、車検証を被告人に捜させることとし、まず運転席、助手席などを捜させるとともに、ダッシュボードなどをあけさせ、ついで被告人に後部座席内を捜させたが、何も発見されず、更に後部トランクをあけさせて、内部を捜させたが、車検証の発見には至らなかつた。そのために約一〇ないし一五分かかつたが、その間に応援のパトロールカーを無線で叫び、零時一五分過ぎころこれが到着した。この段階では、警察官が車内を検索するようなことはなく、すべて被告人の手によつて行つており、警察官が自ら被告人の承諾を得て車内の検索にあたつたことはない。被告人に身に着けている物の提示を求めたところ、いくつかの物を任意に出したが、特に変わつたものはなかつた。盗難車の疑いが消えないので、警察署への任意同行を求めたところ、被告人は、忙しいので違反の切符を作成してくれるよう求めたが、同行には応じたので、被告人の運転免許の期間が経過していたため、被告人車は警察官が運転し、被告人をパトロールカーに同乗させて亀有警察署まで同行した。一〇分前後で亀有警察署に着いたが、その時刻は零時半ころであると思われる。
亀有警察署の玄関付近に被告人車を駐車させた後、被告人に再度車検証を捜すように求めたところ、渋々応じ、再び検問場所でおこなつたのと同様に、運転席、助手席を捜させたり、ダッシュボードをあけさせたり、後部座席を捜させたりした後、後部のトランク内を再度あけさせて捜させたが、車検証を発見するには至らなかつた。被告人は、渋々やつていたためにこれに約一〇ないし一五分はかかつていた。そこで、被告人の承諾を得たうえ、今度は警察官が同様の順序で捜していつたが、比較的丁寧にやつていたので約一五分ないし二〇分かかつた。トランク内を調べた後助手席に戻つて、そこに置かれていた手提袋内をのぞき見たところ、内部に黒色のカバーの付いた箱型のものがあつたので、被告人の承諾を得たうえこれを取り出したところ、そのカバーのホックがはずれており、これをめくつてみると、テスターと判明した容器状の物の蓋が、たまたま本体からはずれ、少しずれていて、その内部が見える状態になつており、その中にちり紙の丸められたようなものが入つていた。そこで、被告人に示しながらその紙を取り除いて中を見ると、ビニール袋に入つた結晶状のものがあつたので、これを署内のカウンターに持つていき、被告人立ち会いの下に覚せい剤の予試験を行つたところ、覚せい剤の特異反応を示した。テスターには、本体と蓋とを留めるねじは付いていなかつた。
そこで、被告人を二階の取調室に連れていき、被告人のオープンシャツのポケットに触れたところ、固いものがあるので、被告人自身に取り出させたら、同様、ビニール袋入りの結晶であつたので、予試験をしたところ覚せい剤の反応が出たので、この時点で覚せい剤所持の現行犯人として逮捕した。更にジャンパー内にも固いものが触れたので提出させたところ、小さな巾着状の袋が出てきて、内部には覚せい剤と注射器が入つていた。そこで再び被告人車のところに連れていき、逮捕に伴う車内の捜索をしたところ、後部座席前の運転席の背部のポケットから、封筒に入り血液の付着したちり紙と粉末の付着したビニール袋を新たに発見したので、これを差し押さえた。トランク内については、前に調べておりこの時点では改めて調べなかつた。捜索に要した時間は二、三分ないし数分程度であり、再び取調室に被告人を戻して、弁解録取書を作成したが、その時刻は一時三五分であつた。その後尿を提出するように促したが、応じなかつたので、午前二時一二分に留置場に収容した。
なお、被告人のいうように、D課長が被告人から事情を聞いたという事実はない。D課長は、当夜は亀有警察署の当直の指揮者の立場で勤務しており、そのような立場の者が被疑者の事情聴取をすることはないし、当夜は亀有警察署内で、管内で発生した恐喝事件及びけんかの事件の指揮等に従事していて、終了したのが一時〇五分であつたため、本件の事情聴取をするような余裕もなかつた。覚せい剤予試験の際の写真にD課長が写つているのは、予試験は重要であり、恐喝事件等も解決したため、その場にいたに過ぎない。
翌二月八日に、尿の捜索差押許可状に基づき、病院で強制採尿した。
2 被告人の供述要旨
これに対し、被告人の公判供述の要旨は、おおむね次のとおりである。
午前零時ころ堀切で検問を受け、免許証を提示したら期限切れになつており、車検証の提示を求められたが、友人から譲り受けてまもない車であつたから、そのような書類は備えていないと話し、友人の名前を告げ、電話などで確認してほしいなどといつた。しかし、警察官から捜すようにいわれ、ダッシュボードなど求められるままに捜し、トランク内も見せてくれといわれて、これに応じたが、何も発見されなかつた。警察官はその場で更に捜していいかといつて運転席から順に捜していつた。警察官が車内の検索を自ら行つたことは間違いない。その後、トランク内も警察官が再度調べたように思うがこの点の記憶は明確でない。その間に無線で前科照会等をし自分に覚せい剤の前科があることを告げて、覚せい剤の使用等につき尋ねられたので、自分は現在は関係がない旨答えた。その間にパトロールカーも来た。車内の検索は約一五分間にわたつて続けられた。その後、亀有警察署まで同行を求められたので、忙しいから違反の切符を早く切つてほしいといつて、これに応じた。
亀有警察署についたのは零時三〇分ころと思われる。すると被告人車の回りに多数の警察官が集まつてきて、集光ライトも用意され、白い手袋をした私服の警察官もいた。自分は二階の取調室に連れていかれ、そこで待つようにいわれ、更に保安の課長と聞いた警察官(覚せい剤の予試験の写真に写つている警察官、後に証人として調べたD防犯課長と判明)から、車の所有関係や覚せい剤関係についていろいろと事情を聞かれ、腕を見せるようにも言われたが応じなかつた。警察官らがなぜこれと異なる証言を異口同音にするのか納得できない。取調室にいた時間は、最初は二時間くらいではないかと思つて述べたが、一時間程度と思う。いずれにせよかなり待たされD課長から事情を聞かれた後、下に降りるようにいわれ、もう一度車内を調べるというので、検問の現場で十分調べたのに、と不満であつたが、ふてくされたようになつて、被告人車から四、五メートル離れた植木のところに警察官と一緒にすわつてたばこを吸つていた。その時点では一五ないし二〇人くらいの警察官が現場に集まつていたが、警察官が車内を調べ、約一〇分もしたころ、助手席にあつたビニール袋内のテスターの中から白色結晶が発見されたというので、署内のカウンターに連れていかれ、そこで予試験が行われ、覚せい剤であることが判明して、覚せい剤所持の現行犯人として逮捕された。血液の付着したちり紙はその前にすでに発見されていた。テスターは自分の所有物であり、ちり紙入りの封筒は自分がワープロで書き損じたもので自分の所有であるが、覚せい剤がなぜ入つていたのかは全くわからないし、ちり紙についても知らない。
二階の取調室に戻されて、万歳をさせられるような姿勢にされ、警察官がオープンシャツ及びジャンパーのポケットに手を入れて無理やりポケット内の物を取り出し、覚せい剤や注射器が発見された。なぜそのような物が着衣のポケットに入つていたのかわからない。警察官があるいは自分の知らない内にひそかにポケットに入れたのかも知れない。その後、被告人車のところに降りたことはなく、引き続き事情を聞かれ、尿を出すようにいわれ、缶ジュースを飲まされたり缶コーヒーを飲まされたりし、手洗所にも何度か行つたが尿は出なかつた。留置場に入れられたのは、その際午前四時三〇分という声を聞いたので、その時間だと思う。翌日病院で強制的に採尿された。
三 証言及び被告人の供述の検討
しかし、警察官らの証言は、相互に格別矛盾点がないにもかかわらず、信用性に疑問があり、亀有警察署に同行された後取調室で待機させられ事情聴取も受けたとする被告人の弁解を虚偽のものと認めることはできない。
1 まず、テスター内から覚せい剤が発見された状態について
警察官である証人Aの証言によると、テスターには、裏蓋のねじがなく、裏蓋が外れ本体からずれて内部が見える状態になつていたので、覚せい剤を発見することができたというのである。しかし、押収してあるテスターを調べてみても、裏蓋が簡単に外れるものではないのであつて、手提げ袋に入れられ助手席に置かれていた状態では、運転の振動により外れるということが絶対にないとはいえないにせよ、外れていたというのは極めて偶然であると考えられる。隠匿する以上は外から容易に発見されないような状態にしておくものと思われることからすると、たまたま外れていたという右証言を重視するのは危険であるし、その発見の状況を裏付けるような客観的資料もない(その検索の状況を逐次記録したような書類写真等はもとよりないし、録音等もない。また供述の信用性判断のための資料として取り調べた現行犯人逮捕手続書、捜索差押調書にも右証言に沿う具体的な記載はない。)。
2 覚せい剤発見に至るまで及び逮捕後の捜索押収の時間的経過について
警察官らの証言では、亀有警察署に到着してから被告人に車内を示させるのに要した時間が約一〇ないし一五分、何も発見されなかつたため被告人に承諾を得て警察官らが被告人にさせたのと同様の手順で繰り返し検索をテスター内から覚せい剤を発見するまでの時間が約一五ないし二〇分(これはやや長すぎるきらいがある。)、現行犯逮捕後の車内の捜索差押に要した時間が二、三分ないし数分となつている(右捜索差押調書にも一時二五分から二八分までとする記載がされている。)。逮捕後の捜索では、トランク内にある荷物の内部や座席の隙間など、念入りに調べる必要のある部分が少なくないと考えられるにもかかわらず、これに要したという時間が、それまでの検索に要した時間に比べて極端に短く、殊に、逮捕後の捜索の際にはトランク内は調べなかつたというのも、事前に綿密な検索がされていたためではないかとの疑問を抱かせる。なお、警察官らが、検索の際、トランク内まで調べていながら、当然関心を抱いてよいと思われる助手席の手提袋内の方にはその間特に関心を払つていなかつたような供述になつているのも、いささか納得しがたいところである。
そして、供述の信用性判断の資料として取り調べた前記現行犯人逮捕手続書及び捜索差押調書における予試験の時間の記載(一時一八分ころ)と写真撮影報告書(平成四年五月一日付)添付の予試験の状況の写真(写真番号1)に写つている壁の掛時計の表示(一時二六分ころ。その時計が特に進んでいたことを窺わせる証拠はない。)とが八分程度異なること、現行犯人逮捕手続書等に記載されている時間(テスター内の覚せい剤発見が一時一三分ころ、予試験が一時一八分ころ、逮捕が一時二五分ころ)が実際の時間と異なり、それよりさかのぼらせたような記載になつている理由を理解しがたいことからすると、これらの記載には何らかの作為が施されている疑いもないではない。発見から予試験終了まで約五分を要したとしても、覚せい剤の発見は一時二〇分過ぎころとなるのであるが、仮に警察官の証言どおりであつたとすれば、亀有警察署に着いてから四〇ないし四五分もの相当長時間にわたりいわゆる所持品検査を続けていたこととなり、検問の現場での所持品検査を含めると、覚せい剤の発見までに時間がかかり過ぎている感じを否めない。
これに対して、被告人は、取調室に入れられて待たされたりD課長から事情を聞かれたりしていた旨供述するとともに、その時間につき、被告人は当初二時間程度と述べていたが、この時間の点は信用できない。しかし、取調室である程度事情を聞かれた後被告人車のところに呼び出され、被告人の述べるように、警察官からもう一度調べるといわれ、しばらくして右のとおり一時二〇分過ぎころテスター内から覚せい剤が発見され、その予試験(一時二六分ころ)の後直ちに身体の捜索をされ、所持していた覚せい剤等二袋を発見されるとともに逮捕され、引き続き取調を受けたというのであれば、弁解録取書に記載された時刻(一時三五分)にその手続きがされたとしても、時間の経過の点で格別疑問はないと考えられる。
3 警察官による事情聴取があつたとする被告人の弁解が作為的なものと考えられる事情を特に見出だしがたいことについて
警察官は、当初被告人は自動車窃盗の疑いがあるものと考えたというのであり、車検証がないことに疑問を持ち、その発見のために車内検索を行つたというのであるが、それにしては、車検証があるとは考えがたいトランク内まで、再三にわたり、しかも同様の順序で検索するというのもいささか納得しがたいし、むしろ、車両の所有関係を確認するのであれば、事情聴取をするのが早道であつて、それをしないで長時間検索を続けることには疑問があり、結局、主として覚せい剤の疑いで検索をしていたと認めるのが相当である。しかし、その時点では、被告人に覚せい剤関係の前科があることが判明していたに過ぎず、覚せい剤の使用、所持の罪の具体的嫌疑まではなかつたのであるから、所持品検査の方法・範囲・時間にも自ずと限界があると考えられるし、その場合でも任意同行した段階でまず事情聴取をするのが通常の捜査方法と考えられる。
確かに、本件の事実関係や尿の採取状況についての被告人の供述の信用性はまことに乏しいし、当裁判所が、当初第二回公判における証人尋問及び被告人質問の後、押収された覚せい剤やそれに関する証拠書類等を採用したのも、その時点では被告人の弁解の信用性が乏しいと判断したためであるが、ひるがえつて考えると、被告人が取調室で待機させられ事情聴取をされたことについては、公判で初めて供述しているのではなく、捜査段階から供述していることが、被告人の検察官調書(二月一四日付)により明らかであり、かつこの点についてはその後一環した主張をしているし、法廷でも、種々の角度から質問したにもかかわらずその供述の具体的内容につき基本的に揺らぐところがないことが認められる。検察官調書の記載を見ても、取調室にいる間に警察官らが勝手に自動車内を調べたらしいとの主張は見受けられず、法廷でも、当初の認否でその旨を疑いとして述べたほかは、審理の過程でこの点を意識的に強調するような態度は見られず、むしろ、警察官らの亀有警察署での検索の状況に関する証言に対して、これが事実に反するとして具体的に反論し、取調室で待つようにいわれD課長から事情を聞かれた状況について具体的に述べるにとどまつているのであつて、このような態度からも特に作為的な弁解とは考えにくい。
したがつて、亀有警察署に同行された後直ちに取調室に通されて事情を聞かれた旨の被告人の弁解については、これをもつて虚偽の作為的な弁解に過ぎないと解すべき合理的な理由を見出だしがたく、むしろ、警察署に到着し被告人に対し事情聴取をした後に、被告人を立ち会わせて検索を行いテスター内の覚せい剤が発見されたとする方が自然であるように思われる。
四 テスター内からの覚せい剤の発見過程について
してみると、警察官らの証言から、亀有警察署に到着後引き続き車内の検索をしていた事実自体は、これを認めるほかはないのであるから、被告人の事情聴取中あるいは取調室での待機中に、警察官が被告人の立ち会いを得ないまま、こつそり被告人車を検索し、テスターをあけて覚せい剤を発見した後、いつたんこれを元に戻し、被告人を呼び出したうえ、偶然を装うため、運転席から順次見ていきトランク内を見た後で助手席に戻り、その時点で覚せい剤をいかにも初めて発見したかのように装つて、これを押収した疑いが濃いものといわなければならない。警察官らの供述はほぼ相互に一致しているとはいえ、職場を同じくする者らの供述であつて一致させることは可能であること、蓋が外れ中が見える状態にあつたというのは偶然に過ぎること、供述の信用性判断の資料とした現行犯人逮捕手続書や捜索差押調書の内容と写真に写つている時計の表示との食い違い、逮捕前の所持品検査で経過した時間の長さに比べ逮捕後の捜索に要した時間が極端に短いことなどの点を総合すると、これを直ちに信用することはできないものといわなければならない。
また、警察官らの供述に従い被告人の立ち会いのもとで終始行われたとの前提で考えて見た場合でも、車検証や車両の所有関係を明らかにする物の発見のためであるにせよ、所持品検査としては全体としてその時間が途中の任意同行に要した時間等を除いても約一時間という長時間にわたり、継続的になされていることとなるうえ、少なくとも全体としては被告人の明示の承諾が継続していたとはいいがたい状況の下で行われている疑いが濃く、覚せい剤所持等の嫌疑は未だ甚だ薄い状況であり、広範な所持品検査の必要性、緊急性にも乏しい状況であつたことなどを総合的に考慮するときは、本件においては、任意捜査としての許容限度を超え実質的に捜索が行われたものと見るのが相当である。
五 着衣内にあつた覚せい剤の発見過程について
次に、被告人の着衣内から発見された覚せい剤について検討すると、警察官らは、着衣の上から触れたところ、オープンシャツの胸ポケット内に触れる物があつたため、被告人に提出を促して被告人が自ら取り出したものであり、更にジャンパー内の胸ポケット内にも固い物が触れたので、同様被告人に提出を促し、被告人が自ら取り出した旨供述するのに対し、被告人は、予試験後、二階の取調室で、万歳をさせられたような格好で、警察官がポケットに手を入れ、有無をいわさず取り出した旨主張している。この点についても、警察官の前記テスター内の覚せい剤発見過程の証言の信用性に疑問があるうえ、現行犯人逮捕手続書の記載に照らしても、被告人の弁解を虚偽のものと認めることはできない。
六 押収された覚せい剤等及びその鑑定書等の関係書類の証拠としての許容性について
そうだとすれば、以上の各覚せい剤の発見過程は、職務質問に伴う所持品検査の限度を超え、無令状で捜索押収した点において、令状主義の精神を没却する重大な違法があるものというべきであり、かつ違法捜査抑制の見地からも、これらのテスター内の覚せい剤や着衣内から発見された覚せい剤等の押収証拠物を証拠とするのは相当でないと認められるから、これらの証拠物はいずれも本件の証拠とすることが許されないものといわなければならず、したがつて、その鑑定書、写真撮影報告書等その捜索押収の結果として得られた資料についてもすべて証拠とすることが許されないものと解するのが相当である。そして、他に被告人が公訴事実第二のとおり覚せい剤を所持していたことを認めるに足りる証拠はないから、同訴因については証明がないこととなる。
七 採取された尿及びその鑑定書の証拠としての許容性について
関係証拠によると、被告人は、逮捕後、尿の提出を求められたが拒否し続けたため、被告人の尿採取のための捜索差押許可状を請求してその発付を得たうえ、強制採取していることが認められるが、その請求資料として、右違法に押収された疑いのある覚せい剤や注射器の存在が当然含まれていると解されるのみならず、重大な違法の疑いのある逮捕による身柄拘束を利用して作成された書類等が資料とされている点において、右請求には重大な違法がある疑いがあるといわなければならず、そのようにして発付された許可状に基づいて強制採取された尿についても、違法捜査抑制の見地からこれを証拠とすることは相当ではないと認められるから、これを証拠とすることは許されず、したがつて、その尿の鑑定結果を記載した鑑定書についても証拠とすることは許されないものと解するのが相当である。そして、他に被告人が公訴事実第一のとおり覚せい剤を使用していたことを認めるに足りる証拠はないから、同訴因についても証明がないこととなる。
八 結論
以上の理由により、各公訴事実とも犯罪の証明がないので、刑訴法三三六条により被告人に対し無罪の言渡をする。
検察官金田泰洋、同山下貴司、同内田匡厚、国選弁護人北沢和範各公判出席(求刑懲役三年)
(裁判官 小出じゆん一)